とってもむずかしい話

ということは、軽い話ということです。
ブログオーナーの性格がねじれ気味なので、お許しを。

先日、藤沢周平原作の映画「花のあと」を見てきました。
もう少し感動が欲しかったと思いながらも、後からほのぼのした元気の出る映画でした。
ヒロインの北川景子は何ともうるわしく、監督の思いもあるのでしょうが、良く演じていました。(パチパチ)
藤沢作品でおなじみの「海坂藩」、山形県鶴岡市(庄内)を訪ねたことがあります。
江戸時代、庄内は米どころ、そして酒田は大阪と肩を並べる商都でした。
豪商いれば、悪徳代官も、小役人に、百姓、町娘に、武家の娘、などなど、多彩な人々の暮らしがありました。

もともと小説はドキュメントもとに書かれた物です。
あるところで起きた事を、そのまま伝えることがドキュメントなのですが、それが人を伝わるうちに、あることないことに膨らんでいきます。
事件が大きいほど、いるはずのない人や架空の場所など、あるいはずのないことも加えられて、もとのドキュメントよりも充実していきます。
人の気持が加えられていくのです。

ということで、藤沢作品が映画になり、北川景子が演ずるまでに、いろいろ人の思いが加えられていきます。

ドラマ性ということでは、悠々自適、人畜無害、高潔明大、などでないことの原則です。
自分の複雑な心と、裏表に響きあうのが、ドラマなのだと思います。

禁煙を(とこのブログらしく)どんな風に演じていますか?
ぼくはときどき眺めています。

悪い癖が出てきました。
持って回った表現は、自分しか知らないとでもいうような、鼻持ちならない臭さがある。これは、意識することにしましょう。

さて、だれもが、困難の日々を過ごしています。

神経には交感神経と副交感神経があるそうです。
何かに遭遇したときの反応は、意識(心)は、それが安全かどうか、敵か味方か、瞬時に判断します。と同時に、無意識(体)は戦うか逃げるか、即時に反応をはじめます。
心は、恐怖や不安を感知し、その場から逃れる行動へ、体はアドレナリンを放出して筋肉にエネルギーと酸素を蓄えて、準備をします。

喫煙は、心の緊張感を癒すことで、体の無意識の反応を緩和するのではないかと思います。そして、禁煙はタバコの癒しを奪うことで、体の無意識の反応が起きると、それに心うろたえるのではないかと思うのです。
禁煙の裏返し、それがタバコの果たした癒しだった、そこを見抜くことが、うろたえたついでに心が転ばないための知恵です。

禁煙は意識してすることですから、その結果もクールに見極めて行きましょう。人生はタバコがあろうとなかろうと困難の連続なのですから。
(この話は、とっても難しかった、このくらいします)
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