現実と夢

今朝見た夢の話

バイクに三人乗りして、何かとレースをしている。
建物の廊下を走り、その行き詰まりにある背丈くらいの高さの窓に前輪を何とか掛けて、アクセルとクラッチを上手につなぎ、壁をひょいと登り、窓から屋根へ乗り出す。

バイクの運転は自分だ、前と後ろに誰かを乗せている。
彼か彼女かわからないが、彼らにはどこに連れられて行くのかという不安はないようだ、不安がないというより、バイクに乗っている意識もなさそうだ。

僕は、これは夢だとわかっている。
わかっているが、この夢と現実をつなげるために次々と虚構の話が作り出されていく。
そこにはこれは夢、夢を見て目覚めた話まで用意される。

バイクは屋根を走り、建物の脇の道路に降りる。
そして、山に登る坂を走る。どんどん登る。途中の急な崖を登る。どんどん登る。

人生のこまごまとした出来事がバイクの行く手に現れては消える。
そして、出会った人たちとのいろいろな誤解が解かれていく。
心がとてつもなくすんでいく。済む澄む清む住むだ。

このような夢は良く見る夢だ。
と夢で思っている。
(実際にはよく見るのかどうか?)

ずいぶん長く生きてきたし、いろいろな経験もしたきたはずなのに、まだまだ分からないものがあるようだ。
夢を総括しながら、これはこれでいいと思う自分がいる。
夢から現実に道筋を見つけなければならないと思う。
バイクは乗り出されなくてはならない。


夢から覚めて・・・

年間三万人を越える自殺者のことを思う。
生きる資格がないと自分に死刑を言い渡す。
そして自らが処刑する。

自殺は殺人だ。
自分の命だから自分の思うように奪ってよいものではない。
他人の命も自分の命も奪ってはならない。
生きる資格がないという判決は絶対に正しくない。
生きる資格がないと思うことは罪を犯すことと同じだ。

その罪の償いは生きることだ。
耐えて生きること、誰でも人は生きる資格があることが解るまで、生きることを学ばなくてはならない。


Category: 今日のコラム
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