ぼくもあなたも、たとえば地球だったのです。

お墓の心配をする人がいる。死んだ後の住処なのだろうか。霊魂があんな淋しい処に残るのだろうか。
来世とか生まれ替りとか信じるとしたら、お墓なんか何の意味もない。

生きて行くと、だんだん体が不自由になって、頭もぼんやりになっていく。
出かけるのもおっくうになり、食べるのも食べられなくなる。
詰めて考えられないから悩みもなくなる。
そして、命が燃え尽きて死んでいく。

昨夜、懐かしい人が夢に出てきた。
あれ、久しぶりと、手を取り合いながら、輝くような笑顔が嬉しかった。
ずいぶん会わなかったね、会えなかったね。
その人は、あなたが一番とぼくに言ってくれた。
そう、ぼくは一番だった。その人の一番の人間だった。
生きているうちにもっと愛し合えばよかったと思うと、とても悲しい気持ちになる。

人生が終わるとき、霊魂や何やら、何も残らないと思う。
がしかし、たとえば地球と一体になって、自分の人生を振り返りながら、死んでしまった自分を思い返しながら、もっと自分を愛すれば良かったと、悲しく気持ちになり、とても残念がることだろう。

ぼくは、自分が一番と言わなかった。
ほんとうは、ぼくは一番だった。ぼくはぼくの一番の人間だった。
生きているうちにもっと愛してあげればよかったと思うと、とても悲しい気持ちになる。

なぜタバコをやめたか、感じていただけましたか?
この世界は楽しい遊園地だと思いませんか?

ぼくもあなたも、たとえば地球だったのです。
自分の手を引いて、このディズニーランドのような世界へ、自分を遊びに連れて来てくれたのです。
遊びつかれて眠くなるように、たとえば地球に抱かれて眠るように、やがて人生に帳が降ります。
そしてまた、たとえば地球が手を引いて、この世界へ遊びに連れて来てくれます。


Category: 今日のコラム
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