褒めて讃えて励まして♪

禁煙は、自分を褒めて讃えて励まして♪
これが成功の秘訣です。

しかしながら、自分を褒めるというのは難しい。
讃えるのも難しいし、励ますというのも、どうすればいいのでしょう。

禁煙継続を支えたものは何だったのでしょうか?
状況のいろいろの中で、禁煙こそが自己再生のシンボルだったのではないかな・・・と思います。
押し流され、自分を失い続けるような日々に、禁煙は、密かな真の自己との再発見だったのかと思います。
自分を取り巻く不条理な状況での、完璧な自己実現の方法となったのでした。
だから、禁煙の中で生き抜くことが、実に気分の良いことだったのでした。

たこ・禁煙応援団長という役割は、何とも良い役回りでした。
・・・トラブルもあったけど、少し苦い。

さて、褒めて讃えて励まして・・・、このことに戻ります。
禁煙の登り道は、まさにこの通なので、意気揚々、
自分が禁煙していることが喜々としてうれしいのですから、
褒めて讃えて励ましては無理がない。

ところが、失敗すると、
(ぼくは幸せなことに失敗しませんでした。褒めて讃えて励ましてが、今も続いているわけです。)
褒める対象が罵る対象に、讃える対象が蔑む対象に、励ますは意気をそぐ対象に・・・

さて、
禁煙の失敗と同じように、人生もまた失敗の連続です。
どうせダメだ!
という状況に落ちていきます。
そもそもが、背中を押してくれる何かがなければ、禁煙も進まないように、人生もまたです。
どうせダメだは、自分の中にも周りの世界にもあります。
経済と健康と個人的な精神生活の三つにトラブルが起きると生きていくことが危うくなるそうです。

信じるという言葉は、人が言うと書きます。
人が言うこと、つまりは人を信じることです。
信じられる人が身近にいれば、人生はその相手とのピクニックですね♪

自信という言葉、文字通り自分を信じることです。
人が言うは、つまりは自分が言うということですね。
自信を失くすこと、すなわち、自分はダメだ、自分のことが信じられないということですね。
ここが、何とかならないと、褒めて讃えてもダメなんです。
励ましも、できる状況ではありません。

さて、そんな時、どうすればいいのでしょう。
これが、自分の子供や兄弟、あるいは親友や恋人だったら、どうしますか。
身内だと、辛い言葉が先になるかも知れません。
ましてや、自分自身なのですから、追い立てて、忌々しく罵ることなります。
しかし、本当は親身になって話を聞いてあげなくてはなりませんね。
何しろ自信を失くしているのですから。
信じてあげることが、相手に奮い立つ勇気を与えることです。
自分自身にもそうです。

禁煙は、そうです、自分を信じて、褒めて讃えて励ましてです♪
あっ、それそれっと


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褒めて讃えて励まして♪
自分を信じると書いて自信、信じるとは人が言うと書く・・・
こんな感じで禁煙をがんばって来ました。

人生は人力飛行機で飛んでいるようなものかなと思います。
力が尽きると落ちてしまう。
いつも必死にペダルをこいでいなくてはならない。

自分が信じられないときは、褒めて讃える気持ちも湧きません。
励ましてというわけにもいきません。

人生は人力飛行機で飛んでいるようなものです。
自分でペダルを踏んで飛んでいます。
苦痛に感じるのは荷物が多すぎるからです。
人力飛行機なのですから。

あせるとペダルを踏み外したり、
負荷が大きいとチェーンが外れたり切れたり、
ごちゃごちゃになってしまいます。

荷物を捨てれば軽くなり、ふわふわと浮かんでいることもできます。
どの荷物を捨てれば良いかわからないときは、落ちるとこまで落ちて、一息ついてみるのもいいことです。

自分が信じられないときは、褒めて讃える気持ちも湧きません。
励ましてというわけにもいきません。
信じることに無理があるのです。自分が言うことに無理があります。
だから、褒めて讃えることは鞭打つことと同じです。励ましは脅迫です。

禁煙がなかなかできないことが人間らしいのです。
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