生きていることさえいやだ

ふと、古いジュリーの歌を耳にしました。

参照→うたマップ
時の過ぎ行くままに
◇雰囲気は・・・

あなたは、すっかりつかれてしまって、
生きていることさえいやだと、
泣きながら、こわれたピアノを片手でひいてためいきついた。

という男と女が時の過ぎゆくままに身をまかせ、ただよいながら、
二人つめいたからだを合わせる。


◇◇◇
時の過ぎゆくままに、自分をそのまま受け入れること。
そして、すっかりつかれること避けること。
すっかりつかれなければならないという、すっかりが問題です。
生きていくことは疲れることです。
しかし、とことん疲れてはいけません。
とことん疲れなくてはならないという、脅迫的な心のあり方が問題の根源です。
ここに、自分をさいなむ抑圧のドラマがあります。
悔恨の毒を大皿に盛りあげて、さあ食えというのは、生きていることさえいやになります。


自分をさいなむ抑圧のドラマからの解放が鍵です。

ジュリーの歌は、つかれきった心の持ち主たる女を愛の力で癒そうとする男を歌ったものです。情愛のドラマはほのかな喜びや希望が感じられて良いものです。この歌を作詞した阿久悠は心のありさまを分かっていますね。希望や夢、喜びがないと、心はつかれきって生きているのもいやになるのです。

タバコは行き場所のない心をニコチン麻薬で癒してくれました。だから、依存するのです。依存してきたのです。

タバコをやめることは、自分をさいなむ抑圧をタバコの煙で誤魔化すことをやめるということです。

ここにはいろいろなヒントがあります。
タバコはニコチン依存症だということ
ではなぜ依存するのか
ニコチンが依存させる麻薬だから・これは答えになっていません。

根源は自分をさいなむ抑圧です。
そのつらさから逃れる、あるいは忘れる方法としてのタバコです。
実に安易で、どこにでも待ち受けている、だから麻薬なのです。

ジュリーの歌のように、
男と女が出合って、
いやだと泣いて、
つめたいからだを合わせる、
このほうが素敵です。

これが生きるという可能性と必然性です。
抑圧は心をさいなむ根源ではあっても人生ドラマの終焉ではありません。
ドラマは抑圧を超えて新しい世界へ広がっていきます。
だから人との出合いはいつも素敵です。

そのためにもタバコを投げ捨てなくてはなりません、ね。
Category: 今日のコラム
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