自分を追い込む

これって、他人に向かえば、他人の生きる道を危うくして意のままにすることではないか。

少し回り道として、心は道具という、こんな表現が必要なときがあります。
心は大事、体も大事、大事なものをいろいろ思いつきますか。

とりとめもない事柄をヒントにして、少し書き出してみました。

結論は、心は自分の主人ではない。自分の主人は命である。
ということです。命と体もやはり同様に命が主人です。

もうひとつ時間というものがあります。
時間と命これは難解です。
加えて自分の存在ということの関係にも答えが必要です。

究極のところは何か?

◇苦しみの正体とは
悩み苦しむことがらの多くは正体が見えて解決されると、
実は本質をベールに包む方便だということが分かります。
悩み苦しむことでベールを包み見えなくしているのはなぜか。

これは永遠に苦しみから解放されないことで、
守る必要のある何か・・・
それがあるのです。

◇タバコの正体とは
まさにこの命題と瓜二つ、あるいは同じ本質かも知れません。
禁煙の難しさと、禁煙の経験は、これらの命題に対応する形と同じです。

禁煙で体験することは、
心と存在、そして命について、答えを得る経験でもあります。

としたところで・・・
またつづきです。

Category: 今日のコラム
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