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流される日々

やり残したような気持ちで時間がどんどん過ぎていく、そんな気持ちになることがあります。
この二月は短いから尚更に感じます。

中東に起きたことを考えると、強力な権力を手にしていても終わりが来るということです。
おごれるものは久しからず、平家物語の有名な一説を思い起こします。
「あまりに気前良くおごるとサイフがスッカラカンなる・・・」ちょっとちがうかな?

圧制で力を蓄えるのは抑えられる側です。
する側は弛んでいきます。
抑えられたパワーは必ず爆発します。

これは、独裁国家に限りません。
ささやかな家庭にも遊び仲間にも仕事場にも、気のフレタようなやからがいるものです。
爆発する前に、その場を逃げることが一番です。お奨めします。

問題は、自分自身の場合です。
これは逃げ場がありません。
(こんなときタバコが役に立ちますね・・・)

つづきは、また♪

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いまさらに不思議な経験?

いつも通りにテレビのニュースを見ていますが、魔法がとけたみたいで、キャスターの語り口調がいつになく紋切り型(台本)に感じられます。
ネットサイトを立ち上げて、いろいろな情報を集め始めました。自分の気がつかないところですごいことが起きていることに気がつきました。

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サイト作りをがんばりました♪

いゃあー腕は上がるのですね。またまた、スキルアップしました。
例のサイトで実名としましたが、少し伏字にしました。なんとなく・・・
ネットをウォッチしてみると、やはりネットが様変わりしている、この時代を感じます。
今日の午前に、沖縄の高江ヘリパッドの現場からの中継映像を見ました。
泣きながら撮影している若いお母さんかな、つられて涙がこぼれにじみました。

この国は、沖縄のちいさな集落の人たちなどなんとも思わない、民主党政権になっても変わらない。
高度成長期ならば、いけいけどんどんと、結局なんかで穴埋めができた?かもしれないが、今は、利権を守るために弱いものを食い物にしている。


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戻りました♪

新しいサイトを何とかスタートさせました。そして、ツイッターも始めました。はじめは匿名でしたが、実名にしました。ここは、大きく踏み込んでいきます。
以前、禁煙の掲示板で少しもめたことがあり、自分の軽率な対応で、いろいろな方に迷惑を掛けました。
そのとき、自分の画像をアップして、すみませんといった事があります。
そのときも、実名で掲示板に書いても行こうかと思いましたが、禁煙掲示板はけっこうシリアスなこともあり、躊躇しました。
今回は、大きく踏み込んで、画像も名前もリアルです。

さて、禁煙、そして生きること、経済、人間関係、人生は悩みばかりですね。
必ず毎日、新しい朝が来て、何か、ヒントがあって、人生は前に進みます。
応援していますよ♪

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ネットウォッチ - 自分で確かめるマイメディア - 真実はこれだ!

政権交代が実現し、この国が変わる大きな希望を持ちました。
政治が変わる、社会が変わる、毎日のニュースが楽しみでした。
しかし、政治が前に進みません。それはなぜか、中国漁船の衝突事件からこの国のマスメディアに違和感を感じるはじめました。
衝突映像の流出、ウィキリークス、チュニジア・エジプトの民主化運動、ネットメディアが真実を伝えています。
ネットをウォッチして、マイメディアを作りました。

このブログでぶつぶつ言っていましたが、整理するために別サイトにブログを作りました。
ネットをウォッチして記者会見やインタビューなどの動画や、ブログの記事を素材にして、まるきり個人的なジャーナルサイトです。
自分のために自分で作るマイメディアです。

今日のテレビのニュースや新聞は、僕の思う事実とかけ離れています。
それでは、自分の感覚が変なのか、それとも世界が変なのか、わけがわからなくなりました。

テレビの多くがお笑い芸人の番組ばかりです。
この国の現実は限界ではないか、なのになぜ笑っていられるのだろうかと、スイッチを切ります。

さて、このブログは禁煙応援と心のことに戻ることにします。
いろいろな事象については、広くネットのジャーナルを見渡し、世の中に対する懐疑主義と絶望にとどまらないで、勇気を持って前進したいと思います。

ネットウォッチ
http://netwatch.24joy.net/
どうぞ、ご覧ください。

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八百長と人情は同じではない!

相撲界は腐っている。
相手が負け越して番付が下がり、生活に困窮することへの同情から勝ちを譲るということは、何だか人情噺のようで納得してしまいそうだが、番付が下がり生活に困窮することと、勝負とは別の問題である。

大相撲は社会で合意された約束の中にある。
人情で負けたり勝ったりすることは許されない。

しかし、力が入らず(無気力相撲とはよく言ったものだ)負けることがあるかも知れない。
だが、不正の責任は免れない。
それは合意された約束(ルール)だからだ。

強姦犯の理屈も良く似ている。
服装とか、場所とか、つい欲情して強姦した。
強姦犯は欲情させられたと言い訳をする。
そういうものかも知れないが、しかし、その行為の責任は免れない。

サンデル先生の命題を思い出す。
海で遭難し、生き残るために、人を殺して食べたという実際にあった事件のことだ。
漂流するボートには四人の男が乗っていた。
15日間食べるものがなく、尿を飲んでいた。
海水を飲んで弱った少年を、残りの三人は殺して食べることを協議する。
その後、救出されたが、その殺人は裁判にかけられた。

人を殺して食べることしか、生き残る方法がなかったとき、人はそのようなことしてしまう。
人とはそういうものかもしれない。しかし、罪は問われなくてはならない。

この社会に聖人君子など一人もいない、だから誰も責められない。
というのではなく、自分がそのようなことをしたら、責任を問われるという覚悟が必要だ。

これは、親鸞聖人の「歎異抄」にある、悪人正機説にもつながる。
「善人なをもて往生をとぐ、いわんや悪人をや」
人が、過ちを犯すには、いろいろな縁があってのことだと思う。
遭難して、食べるものが何一つない状況も、また縁である。
だから、罪を犯してしまう、といって、何をしても良いというものではない。
罪を犯してしまった状況には同情することができる、がしかし、罪は罪として問われることは免れない。罪を意識して贖罪の境地に至れば、往生(極楽へ行ける)できる。縁あって大罪を犯さずに大過なく生きてきた善人は、そのような境地に至ることはないが、阿弥陀様の本願により往生できるとしたら、罪を犯した悪人こそは、誰よりも先に往生させていただける。
南無阿弥陀仏

あるいは、ドストエフスキーの「罪と罰」はどうだろうか。
金貸しの老婆に鉄槌を下ろしたラスコールニコフは、全て考え抜いた末にしたと正しいことだと考えるが・・・、まあ、いろいろ考えさせられる。

八百長は相撲界で生きていく方便だと思う。
八百長をしなくても相撲が取れて、からだ一つで生きていけるように、相撲の世界は成長してもらいたい。
相撲道なのだから、道を問い直してもらいたい。
いつまでも待っていたい。

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現実と夢

今朝見た夢の話

バイクに三人乗りして、何かとレースをしている。
建物の廊下を走り、その行き詰まりにある背丈くらいの高さの窓に前輪を何とか掛けて、アクセルとクラッチを上手につなぎ、壁をひょいと登り、窓から屋根へ乗り出す。

バイクの運転は自分だ、前と後ろに誰かを乗せている。
彼か彼女かわからないが、彼らにはどこに連れられて行くのかという不安はないようだ、不安がないというより、バイクに乗っている意識もなさそうだ。

僕は、これは夢だとわかっている。
わかっているが、この夢と現実をつなげるために次々と虚構の話が作り出されていく。
そこにはこれは夢、夢を見て目覚めた話まで用意される。

バイクは屋根を走り、建物の脇の道路に降りる。
そして、山に登る坂を走る。どんどん登る。途中の急な崖を登る。どんどん登る。

人生のこまごまとした出来事がバイクの行く手に現れては消える。
そして、出会った人たちとのいろいろな誤解が解かれていく。
心がとてつもなくすんでいく。済む澄む清む住むだ。

このような夢は良く見る夢だ。
と夢で思っている。
(実際にはよく見るのかどうか?)

ずいぶん長く生きてきたし、いろいろな経験もしたきたはずなのに、まだまだ分からないものがあるようだ。
夢を総括しながら、これはこれでいいと思う自分がいる。
夢から現実に道筋を見つけなければならないと思う。
バイクは乗り出されなくてはならない。


夢から覚めて・・・

年間三万人を越える自殺者のことを思う。
生きる資格がないと自分に死刑を言い渡す。
そして自らが処刑する。

自殺は殺人だ。
自分の命だから自分の思うように奪ってよいものではない。
他人の命も自分の命も奪ってはならない。
生きる資格がないという判決は絶対に正しくない。
生きる資格がないと思うことは罪を犯すことと同じだ。

その罪の償いは生きることだ。
耐えて生きること、誰でも人は生きる資格があることが解るまで、生きることを学ばなくてはならない。

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毎日かあさん

西原理恵子の大ファンの連れ合いが楽しみにしていた「毎日かあさん」を見に行った。
場内は七割くらいの入りで、結構にぎやかに感じた。これまでの西原映画では見た事のない幼い子供連れの客が何組かいた。
しかし、内容はテレビでやっているアニメの毎日かあさんとはかなり違う、子供には向かないと思った。「毎日かあさん」のタイトルで誤解したのだと思う。

正直、この映画はただ疲れた。眠くなる場面もあった。

毎日かあさんとタイトルをつけたのだから、子供にも楽しい娯楽に徹した方が良かったと思う。
残念だった。

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何もかも見えてしまった♪

ニコニコ生放送の小沢氏の記者会見を見たことがきっかけで、自分が、メディアによってダーティなイメージを刷り込まれていることに気がついた。

小沢氏の起訴について、ネットを検索してたくさんのブログやツィートを読んで見た。
いろいろなことが語られていた。

そして、見えてきたものがある。
カンは、なぜ「説明責任」と迫るのか、証人喚問、離党、議員辞職、政権交代を共に勝ち取った同士に、なぜ噛み付くのか、その理由も見えてきた。

韓国の砲撃事件や尖閣諸島の衝突事件、そして沖縄の基地問題もそこには絡んでいる。
ついでに、消費税値上げや、ヨサノを引き込んだことにも目的がある。

カンはこんな風に考えている。
第三の開国と言うのは、アメリカに媚びるためだ、アメリカの後ろ立てを得て政権を維持しようとしている。
思いやり予算も新型戦闘機や武器の購入もアメリカに気に入られるために何でもやる。

法人税率の値下げは、これも財界への媚とへつらいだ。市民運動家が聞いてあきれる。本当に二枚舌だ。

ヨサノを入れたのは、カンリョウは大ばか者だとそしったのはただの芝居で、カンリョウに媚びのサインを送るためだ。
同時に、カンリョウと寝床を共にしたいやからが、あちこちにたくさんいる、そのやからへのサインにもなっている。

小沢氏に執拗に牙をむいて吼えまくるのも、アメリカや財界、そしてカンリョウ、カンリョウとつながるやからへの媚びのサインだ。

カンに、同意するもの、エールを送るもの、あるいは叱咤激励をするものは、全部つながっている。
「一に雇用、二に雇用・・・」、カンは二枚舌だ。
しかし、アメリカはもう落日の中にいる、財界は国民が契約社員の不安定な暮らしをしていることなど他人事だ、カンリョウは自分のことしか考えていない。
これでは、もう先がない、このことに気がつかない。

このままでは、野党との野合と、カンリョウのつじつまあわせで、ぼてぼての予算になるはずだ。
カンは、アメリカと財界とカンリョウに媚び、野党と野合し、衆愚を手玉に取って正義の味方を演じて支持率得て、政権を維持しようとするだろうが、足元を見透かされて、さらに追い込まれるだろう。
総辞職か解散か、ここでカンは、衆愚の支持を失い、同士を失い、地に落ちていく?

小沢氏は不当起訴で、追い込まれ窮地に立たされているかのようだが、これを機会に人柄が知られ返って高い評価を受けることになるだろう。

やがて、アメリカは落ち目になり、ブラジルやインド中国が大きく影響を与えるようになる。
北は中国の傘下に入り、大きな経済発展を遂げるだろう。韓国はアメリカから徐々に離れて中国に組していく。中国には朝鮮族の自治区があり北と接している、北は自治区の仲間になり、北と韓国は融合していくだろう。※どこも、国民の生活が第一だから

ロシアも新しい発展の場所に参加してくると思う。

沖縄は琉球王国のいにしえに学び友愛の海の守護を高らかに宣言すればいい。

東アジアが大きな友愛に包まれて光り輝く、初代の統合のシンボルには鳩山さんになってもらおう。
そして、その友愛の東アジアのマネジメントにはもちろん小沢さんが率いる集団もいるはずだ。
・・・てな、何とも嬉しい夢を見てしまったョ♪

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アジアカップ優勝、そして正義の失墜、民主主義の危機

サッカーアジアカップの優勝はすばらしかった。サッカーは本当に夢中にさせてくれる。
・・・とした楽しい気分に水をかけるような
小沢一郎元民主党代表の起訴の報道があった。

ネットで各新聞社の記事を読んでみたが、情けない記事ばかりが目立つ。
メディアは、国民をどこへ導こうとしているのか。

小沢氏強制起訴 政治的なけじめをつける時だ(2月1日付・読売社説)
小沢氏起訴―市民の判断に意義がある・朝日
社説:小沢元代表起訴 まず離党してけじめを・毎日

検察とメディアの見事なパートナーシップでお祭りになった。
懐疑主義の国民の多くは面白がった。
愚かで無責任な国民は、検察とメディアに迎合して行く。
まさに、衆愚に成り果てた。
マスメディアに翻弄されて、真実を見極める知恵も方法も自分から得ようとはしない。
餌を貰うために口を開ける家畜のようだ。

正義が失われ、まさに民主主義の危機を感じとることのできない政治家。
公正な報道を忘れたマスメディア。
こんな、お祭り騒ぎに興じていたら、必ずこの国は崩壊してしまうだろう。

目先の利に流されて、理念がないからアキカンとそしられる。
相手のピンチは我のチャンスとばかりに、
仲間の窮地で利を得るやり方は、やがて仲間を失うことになるだろう。

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