Archive for » August, 2010 «

失恋レストラン

覚せい剤で逮捕された中高年の歌手をニュースで見ました。
五度目だそうです。
以前、覚せい剤の経験者として、学校などで覚せい剤の防止講演会をしているのをテレビで見たことがあります。
麻薬依存を克服した姿に凛々しさを感じました。

覚せい剤は違法だから犯罪です。
累犯を重ねると懲役刑になる。
それが分かっていてもやめられない。
タバコがやめられないのと同じです。
(合法かどうか別にして)

やめることをその個人の意志の問題と考えると自分の中に乖離(かいり)が起きます。
やめる意志の自分とどうしてもやめられない自分の対立は外部に対しては二枚舌、自分に対しては相克の苦悩を引き起こします。
自分を責め立てる自分、自分に決意を誓わせる自分、そしてそれを裏切る自分、これはとてもつらい状態です。

タバコはこのようなとき煙で誤魔化して癒してくれました。
だから勝利するのは必ずタバコでした。

謎解きのポイントはここです。
解決を個人の意志の問題としたことです。
おおよそ、今の社会は個人の意志がすべての世界ですから逃れようもないのでしょう。
これを、何か魔物に憑依された結果だと考えると厄払いや悪魔祓いで解決する(かも)。
あるいは、依存を生体科学として問題点を究めることも有効かもしれません。
謎解きは、自分の中ではなく自分の外に置いて見ることです。

何もかも、心の表面に現れるので、心の問題のように感じますが、
心の問題ではありません。
そもそも心に問題などありません。(器質的な脳の障害は別ですが)

心は何のためにあるのか考えてみました。
心は喜怒哀楽に反応して自身の体を操作します。
心臓などの臓器は自動システムで制御されていますが、
生活のすべて、計画や予定など、心なしにはできません。
その心を通して体を制御している根源に命があります。
命から心へコマンドやシグナルが送られて来ます。

この体とこの心が命には必要で大切なものです。
もう少しつづきかな・・・

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幸せの扉はすぐ近くにあります

とある、素敵な女性の話です。
その女性は、今が一番幸せです、という。
聞くと、これまでの人生には辛いことばかりがあったという。

幸せへの扉はいつも近くにある。
ところが、扉を意識すればするほど、なぜか扉に背を向けてしまう。
幸せになりたがらない・・
幸せになれない・・
幸せになっていいのに・・
どうして損なことばかり、苦しむことばかりを選ぶのだろうか?

何とつまらないことに執着するのだろう?
なぜ捕らわれから逃れようとしないのだろう?

人はひとりでは生きていけない。

命が生きることを選んだのは人間です。
人間と言う言葉、人の間と書くことにすべてが表されています。

人は人なしでは生きていけないし、人のためにしか生きていけない。
それが人間です。
今に至ることができたのは、良い人に恵まれたからです。
そして、いろいろな人の役に立ってきたからです。

良い人に恵まれなければ、だれ一人生きていけない。
人のために、自分を必要とする人がいなければ、やはり生きていけない。
それが、人間というもの、だから幸せの扉はすぐ近くにあります。

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深海の底・・・

深海に落ち込まないようにつなぎとめていたロープを引いてみた。
するとロープの端がするすると手元に引かれて来た。
ロープは何処にもつなぎとめられていなかったのだ。
それに気がついたとたんに深海へと沈み込んで行った。

命の限界というのは、希望を失った時だ。
明日はないと思ったとたんに生きる力が消えて行く。
まるで人間の抜け殻のようだ、そこには心をうつドラマはない。

夫婦50割引で映画が安く見れるようになった。
藤沢周平の映画は必ず見ている。ジブリの借り暮らしも先週見てきた。
「必死剣鳥刺し」にはため息をついてしまった。

◇◇
物語は、主君の側室を刺すところから始まる。
主人公は愛妻を失い生きる力を失っていた。
武士が生きるということはどう死ぬかである。
妻を失った悲しみゆえの自死はありえない。
そこで、藩の毒女たる主君の側室を刺殺し、その罪によって死ぬこと決心した。

物語は藩の権力争いに流れ込んで行く。
その思惑から死罪を免れて謹慎となるが、
その世話をした亡き妻の姪の真心に動かされて、
一度は抜け殻になった主人公は再び生きる心がよみがえって来る。
そして、ラストの殺陣と必死剣である。
◇◇

深海の底はあるのだろうか、沈み続けながら、すっかり諦めているようだ。
そこからの帰還、これが今の課題、つづきます。


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思う通りになる自分の力

心というのは、未来への希望や期待でうきうきとしているときもあるが、心配で不安を感じるときもある。
そして、今のその思いは、皮肉なことに未来へ投影されることがある。良くも悪くも思う通りだったと。

考えてみると、自分は歩くことができる。
一歩目を右足からはじめるとか、左右の足を交互に出すとか、何も意識せずに歩いている。
自分にある力をいつもは忘れているが、どうなるかわからない未来を案じて縮こまるよりも、しっかり手足を伸ばして動かしてみよう。
自分の体をさすってあげよう。周りの誰かの体をなでてあげよう。抱いてあげよう。
何かがまちがいなく変わる。

ところで、宝くじや競馬は念じれば当たるというものではない。
思いが投影されるのは未来の自身の心に対してなのだから。
思う通りになると思う心もまたいいものかも知れない。

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生きていることさえいやだ

ふと、古いジュリーの歌を耳にしました。

参照→うたマップ
時の過ぎ行くままに
◇雰囲気は・・・

あなたは、すっかりつかれてしまって、
生きていることさえいやだと、
泣きながら、こわれたピアノを片手でひいてためいきついた。

という男と女が時の過ぎゆくままに身をまかせ、ただよいながら、
二人つめいたからだを合わせる。


◇◇◇
時の過ぎゆくままに、自分をそのまま受け入れること。
そして、すっかりつかれること避けること。
すっかりつかれなければならないという、すっかりが問題です。
生きていくことは疲れることです。
しかし、とことん疲れてはいけません。
とことん疲れなくてはならないという、脅迫的な心のあり方が問題の根源です。
ここに、自分をさいなむ抑圧のドラマがあります。
悔恨の毒を大皿に盛りあげて、さあ食えというのは、生きていることさえいやになります。
つづきはこちら

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心は何から生まれどこへ行くのか。

タバコ依存とは、ニコチンが麻薬の働きをすることから、麻薬依存のことです。
禁煙の道の第一歩は、自分がタバコ依存症であると意識することから始まります。
解決しなくてはならない問題は、タバコ依存後遺症のいろいろな症状を乗り越えることです。
その中でも大きなことは、タバコの煙に誤魔化して来た心の問題です。

心を道具とするのは、自分という存在と心を区分したいからです。
ニコチン麻薬に依存するのは心です。
心は何から生まれどこへ行くのか。

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