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発情フェロモン

先日、動物病院の女先生と話をする機会があった。
世は、春、桜咲く春、そして発情の季節だ(ったかな、春先らしいから)。

人間社会は男性中心社会だから、男根を誇り、それに女性はメロメロになる、というような話がある。
男の臭い、男のしぐさ、女性はそれで発情する?

動物の世界では、メスが発情すると、オスがそれに引き寄せられていくそうだ。
オスの発情は、メスの発情によって起こる、メスによっていつでも発情できるのがオスだという。
動物の世界で、交尾を「かける」というような言い方をするが、かけあわせるということかと思う。
発情したメスにオスを近寄せると、ほどなく交尾になる。

そのとき、メスはオスを発情させるフェロモンを発散するらしい。

ところで、夜の繁華街、男たちは人造フェロモンをふりまいた女性に引き寄せられる。
そのフェロモンというのは、いわば香水のようなものだったりするとか・・・
最近は、男も香水をつけている。
これは、誰を相手のフェロモンになるのだろう。

認知療法では、理性的な判断が問題になる。
フェロモンも感情を引き起こす事象のひとつだろう。
これが、快く受け入れられる場合は、春、春、この世の春は輝きに満ちている。
しかし、これが歪を生じる場合、春はうっとうしい季節なのかも知れない。

人類に限らず、生きるものは、両性の出会いというドラマを繰り返しながら、子孫を残してきた。
その中で、失恋するのは人間に限らないが、人間はまたのチャンスというふうに考えられずに、すっかり落ち込むオスもいる。
絶対の人と、交尾の相手とは、離れたり近づいたりする、命のありようなのだから、と考えても振り回されるかな。
問題は、絶対という考えであることに気がつけば、広く見えるようになる。
・・・続くかも?

つづきはこちら

悲しさ

悲しい、哀しい、かなしい
心のきしみ、隙間風、もののあわれ、※※しいは、形容詞です。心のようすです。

ふつう、感情のもとになる事象があるというふうに考えます。
出来事があって、悲しい感情が起きる。
悲しい出来事、というようにも表現します。

認知心理学的には、事象から引き起こされる感情は、ときに認知のゆがみによって心に問題を起こすとされています。
感情が、問題を起こす場合に認知のゆがみと考えます。
認知のゆがみというとき、心に問題を起こすことと、セットになっています。
心に問題を起こさないことは、どのような感情も、そのままでいいわけです。
問題を起こす感情とは、抑圧感情というものです。自分を責め苛む感情です。

前にも書きましたが、感情と抑圧は、そのままでは心が暴走して生命の危機に瀕するとき、脳が起こす防衛手段です。
恐怖や不安がそうです。

悲しい出来事、というのは悲しいと感じる心があるから感じることです。
それが、心に重圧となって自分を抑圧するとき、心に問題を起します。

悲しみは自分で癒すことができます。暮らしの時間が味方してくれます。
悲しむことは良いことです。大切なことは悲しみには、悲しみ方があるということです。
悩みや不安、いろいろな感情は生きていくために大切なものです。
しかし、悩み方、不安の受け止め方があるということです。

禁煙も、いろいろな感情を野放しすると、後から大変なことになります。
禁煙至上主義の方は、荒療治が平気です。矢でも鉄砲でも来いなどという気分になります。
そんな方は、実は生活一般にそのような高圧的な考え方があり、周りに疎んじられます。
押し渡る生き方も、いずれ終わりが来て、すべての清算が待っています。
早く気がつけば、気がついた分だけ残りが楽に生きて行けます。